2009年08月25日

残しておきたいことば〜核武装は「先軍主義」への道−−内田樹さん

毎日09.08.24の記事は、いずれ消されてしまうかもしれないから、ここに残しておきたい。
「今、平和を語る:神戸女学院大教授・内田樹さん ◇核武装は「先軍主義」への道−−内田樹さん(58)」
http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/news20090824ddf012070005000c.html


今、平和を語る:神戸女学院大教授・内田樹さん
 ◇核武装は「先軍主義」への道−−内田樹さん(58)

 北朝鮮の核実験の強行で、自衛のための核武装や敵基地攻撃能力の保有が公然と言われ、国防の強化を訴える論調も増えてきた。脅威は国民の不安を直撃する。こうした主情的な言葉の先行を危惧(きぐ)する論客、神戸女学院大教授の内田樹さん(58)に聞いた。<聞き手・広岩近広>
 ◇得失考量すれば外交こそ国防

 −−「核には核を」という発言まで飛び出しました。

 内田 今の日本の政治家が語る言葉は、非常に幼児化しています。シンプルな論理でシンプルなソリューション(解答・解決)を出すような語り口ばかり目立ちます。老練な政治家ならば、こういう事態になったらこう、こうなったらこうと、プランAからプランFくらいまでいくつかの事態を想定した対応策を用意して、変化に即応してゆくでしょう。でも、今の政治家たちはプランAだけを示して、かつ、それに固執する。もちろんプランAが正解である場合もあるでしょう。でも、そうでない場合もある。たいていの場合はそうではない。それはプランが間違っているからではなく、私たちは未来に何が起きるかを完全には予測できないからです。「正解はこれです。これしかありません」と政策にしがみつく政治家は必ず自説にとってつごうの悪い変化を過小評価するようになる。みずから進んで現実に目を閉じるというのは愚かなことです。

 −−北朝鮮の弾道ミサイル実験も騒動でした。

 内田 ミサイルが撃たれるかもしれないから、こちらもミサイルを作って撃ち返そうというのは、武道的には「後手に回る」ということです。あらゆる場合に「先を取る」のが武道の要諦(ようてい)です。なぜ、ミサイルを撃ち込まれるような事態に立ち入らないように外交努力をしないのか。不測の事態が起きないように、それに先立て、使える限りの「資源」を使って万策を尽くすというのが本来の国防ではないんですか。

 −−あらためて核武装について。

 内田 政策的選択肢については、先入観抜きでメリットとデメリットを考量的に吟味することが必要です。核武装もその例外ではない。核武装することのメリットがデメリットより大きいという論が説得力を持って、それに国民の過半数が合意するなら、その政策は採用されるべきでしょう。けれども、今の核武装論はそういうクールでリアルな計算から導かれたものではない。隣国に対する恐怖や不信をヒステリックに叫んでいるだけです。国防論を感情的に行えば、必ず失敗する。そのことを私たちは先の戦争で学習したのではないのですか。

 核武装のメリットは一つしかない。報復力が向上するということ、それだけです。でも、デメリットはいくらも列挙される。日本の核武装に中国も韓国もASEAN諸国もすべて反対するでしょう。戦後64年かけてようやく構築したこれら諸国との親密な経済関係や人的交流が、核武装で損なわれ、引き続き長期にわたって停滞した場合に、日本が外交面・経済面でこうむるダメージはどれほどのものになるか。核武装論者の中にそれを計算した人はいるのか。

 日本の核武装にはアメリカが反対するはずですから、それを強行すれば日米安保条約は破棄され、在日米軍基地は撤去される。その軍事的空白を埋めるためには防衛費の大幅増額が不可避です。医療も福祉も教育もすべて後回しで、軍備をすべてに優先させる「先軍主義」がとられることになる。日本列島のような地政学的位置にある国が、軍事的に自立するためには、それ以外の戦略上の選択肢はない。要するに、日本を「北朝鮮化する」ということです。核武装論者たちはそれと気づかずに「北朝鮮のような国」に魅入られているのです。

 −−ところで北朝鮮ショックとナショナリズムですが、これは若い層に受け入れやすいのでしょうか。

 内田 孤独な若者は何らかの共同体に属したいと願っています。でも、彼らを受け入れる中間共同体はもうほとんど壊滅してしまった。国民国家というのは彼らにとって最後に残った幻想的な帰属先なのです。誰でも自己申告すればナショナリストになれる。誰もメンバーシップの適否を査定しない。政治的な論争においてはきわめて優位なポジションに立てる。だって、ナショナリストが論じるのは国防や外交のような政府の専管事項だけですから、何を言っても「言葉の責任を取って、言ったことをこの場で実行しろ」と言われる気づかいがない。自説に反対する人間を「非国民」とののしる権利だけがあって、何の義務もない。こうした孤独な若者たちを構造的に生み出してきたのはこの社会そのものです。単純なソリューションに飛びつき、自説に反対する人たちとの対話を拒否する若者たちは、今の政治家や官僚やメディア知識人をロールモデルにして自己造形している。社会全体での知性の劣化が問題なのです。

 −−なぜ、知的レベルが低下したのでしょうか。

 内田 理由の一つは、日米関係について正面から対峙(たいじ)したことがないせいです。日米関係は黒船来航以来の日本人のトラウマなのです。でも、日本にとってアメリカとは何かということを、思想的な主題として真剣には受け止めてこなかった。この国民的規模での思考停止が日本人の知性をここまで劣化させたと私は思っています。

 アメリカモデルの無批判な導入とその失敗という図式を私たちはずっと繰り返している。教育でも、医療でも、金融でも、そうです。「アメリカではこうやっている」というだけの理由で制度を日本に持ち込み、それによって日本のシステムが機能不全になり、その失敗から迂回(うかい)的に「だからアメリカはダメなんだ」という結論を導きだす。アメリカに追随したせいで日本がさまざまな不幸に遭遇するという事実を経由してしかアメリカを批判できない。日本人の自虐性というのはこのことです。日本人はどうして日米関係が主題になったとたんに思考停止に陥るのか、その原点的な問いから始めるしかないと私は思います。せっかくオバマ大統領のような対話的知性が登場してきたのですから、この機会に、日米関係とは何かを再検討する国民的な議論を始められたらと思います。(専門編集委員)
posted by flyhigh28 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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