2010年06月14日

「基地経済」からの離陸(上)普天間問題、「怒り」の真実

今日読んだNBONLINE『「基地経済」からの離陸(上)普天間問題、「怒り」の真実』は、ぜひ多くの人に読んでほしいと思う内容だった。これを読んで、それでもまだ、普天間問題の民主党の決着はやむをえないと思うのなら、それは、”ウチナンチューの驕り”と言えないか。
特に、今回の菅総理の解決方法には、「アメを与えれば収まるという国家の思い」上がり、”札束で頬をひっぱたく”奢れる者の姿が透けて見えるのではないか。

記事の中から、いくつかのフレーズを紹介したい。(赤字、太字、◆は、ブログ主N修飾)


◆巨額のカネが投じられても、地元経済は上向かなかった。松浦氏はこうした「基地経済」への依存に危機感を抱き、辺野古移設反対の運動に加わってきた。
「負の遺産をさらに増やせば、逆に沖縄を潰してしまう」

◆ 「もう、安易な補助金頼みはやめた方がいい」
 松浦氏は、同じことを繰り返しながら、静かに地元が蝕まれていく循環を止めたいと思っている。
 そんな思いは静かに広まっている。事実、地元住民から、稲嶺市長の判断を非難する声はわき上がっていない。「箱モノ行政」が、もはや地元を潤す振興策にならない現実を、県民は思い知らされてきている。

◆平成の琉球処分

 沖縄振興開発計画。1972年に沖縄が本土復帰を果たすと、政府は経済復興に向けた巨額の補助金制度を創設した。住民の4分の1が犠牲となった沖縄戦への補償と、広大な米軍基地を引き受ける見返りだった。

 だが、振興計画に記された10年間が終わっても、沖縄経済は低空飛行を続けていた。そして、10年ごとに改訂しながら繰り延べを続けてきた。現在は第4 次振興計画の終盤にさしかかり、2012年には終了することになる。

 さらに第5次振興計画に突入するのか――。

 4月23日、県庁は「新たな振興計画が必要」という認識を示したが、地元経済界は沈黙を続けている。

 そこには、国家が示す「アメとムチ」の構図にいつまでとらわれ続けるのか、という沖縄の葛藤がある。

 普天間移設問題でも、「アメを与えれば収まる」という国家の思いが透けて見える。「最低でも県外」のはずが、結果的に沖縄本島と鹿児島県徳之島という、東京から遠く離れた南の島々に押しつけて問題の決着を図る。

◆ 「平成の琉球処分

 沖縄では、一連の政府の判断を、そう表現する。

 たとえ一部を徳之島に移しても、そこはかつて琉球王国に属していた土地だ。しかも、戦後には米軍政下に置かれ、本土に復帰したのは1953年のことだった。

 北緯29度以南は、琉球文化を色濃く残す土地。だから、政府は「捨て石」として使いやすいのではないか。かつて廃藩置県で、強引に国家に組み込んだ「琉球処分」と同じ発想が、平成の時代にまかり通っている。沖縄県民は、そう感じ始めている。

 「アメさえ与えれば、最後は受け入れる」。そうした安易な懐柔策は、もはや通用しない。

 「米軍基地がなくなった方が、経済効果が高い」(照屋寛徳・衆議院議員)

 昨年の衆議員選挙は「革新候補」が圧勝し、沖縄県選出の国会議員は、「基地反対」でまとまっている。それは、大部分の県民の意思を表している。

 「米軍跡地の開発が成功したことによって、基地撤退後の不安が薄らいでいる」(久高豊・りゅうぎん総合研究所取締役調査研究部長)

posted by flyhigh28 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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