2010年06月07日

首相は一体、何に価値を置いていたのか?

今日読んだNBONLINE「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」の『辞任なんかじゃ許されない、鳩山首相が落とした“影”』は、おおいに頷いた。

中でも、「首相は一体、何に価値を置いていたのか?」には、大きな拍手をもって読んだから、ここに紹介しておきたい。

その鳩山を担ぎ、片腕だった菅直人を新首相に選んで新しく生まれ変わったかのような振りを盛んに口にする民主党。呆れるばかりだ。

(引用ここから)
 職場でも同じだ。方針をよく翻したり、言うことがコロコロと変わったりするリーダーの下にいる部下は、一貫した経験をすることができない。何が本当で、どこに真実があるのかが混乱するだけでなく、「自分はないがしろにされている」と自尊心は傷つき、反発心が強まり、不安感ばかりが高まっていく。

 つまり、部下たちの把握可能感を育むには、リーダーの一貫した態度や考え、価値基準などが必要となるというわけだ。

 鳩山首相は当初、「普天間飛行場そのものを県外に移す」という方針を示していた。「最低でも県外」だと断言し、「腹案がある」と自信たっぷりに答え、「本当に今のままで大丈夫なのか?」という不安を一掃する態度を取り続けた。

 ところが、いつの間にか「できる限り県外」と方針を曖昧にし、挙げ句の果てには、「私自身の『できる限り県外だ』との言葉を守れず、県民の皆さんに大変混乱を招いたことに関して心からお詫び申し上げたい」などと言い出した。

 一貫性など微塵もない。態度も一貫していなければ、考えも(今となってはどんな考えだったのかさえ分からなくなってしまったが)一貫していなかった。
首相は一体、何に価値を置いていたのか?

 鳩山首相は、一体、何に価値を置いていたのか? 鳩山首相というリーダーにとっての価値基準=価値ある大切なもの、とは何だったのか?

 親は我が子を「何ものにも代えることのできない大切な人」と思うから、何があっても必ず子供の元へ戻る。子供を叱ったり、怒ったりすることがあっても、それは「大切に思う」からだ。その気持ちは一貫したものとして、子供に伝わるものである。

 鳩山首相にとって、「大切なもの」とは何だったのか? 沖縄の人たちなのか、アメリカの人たちなのか、それとも自分自身の立場なのか。

 もし、それが「安全保障=アメリカの人」ということであれば、現行案を基に少しでも沖縄の人たちの負担が軽減される措置を考えれば、それで済んだはず。

 それが「沖縄の人の生活」ということであれば、基地の県外移設だけにとどまらず、基地がなくなった場合の経済的な基盤まで、どんなに時間がかかっても取り組めたはずだ。

 「何が一番大切なのか?」さえ明確になれば、リーダーとしてなすべきことが必然的に決まる。

 「大切なもの」──。この極めてシンプルな価値基準こそが、リーダーに求められるものなのだ。残念なことに鳩山首相には、それがなかった。その結果、言葉を翻して態度を曖昧にし、最悪の結果を招いた。「米国に依存し続ける安全保障、これから50年、100年続けていいとは思わない」と辞意表明では述べていたが、「今、大切なもの」は何なのか? その答えを出さなかったことが本質的な問題だったのではないか。

 一体、鳩山首相の大切なものとは何だったのだろうか。今でも分からない。
 
 
 
 
posted by flyhigh28 at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 政局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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